2歳の娘が高校生になりました

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結婚生活わずか3年。離婚という人生最大のエネルギーを使い、意思とは無関係に必死に働き子育てをしてきました。幼い娘から時々(笑)解読不明に近い『お母さんありがとう。

これこらも洗濯とか料理頑張ってね』『お母さんに引き取られて幸せで。お父さん、お母さんの娘として生まれてきて良かった!』日々成長する娘の笑顔だけが 私の宝です。

今では(笑)腕を組んで買い物にも行く友達のような?親子です。経済的には正直きついですが 毎晩一緒に食べる夕飯で明日の元気をもらいます。後 一年・・・。

彼女は どんな夢の扉をたたくのでしょうか?困ってる人、不安な人を助けてあげたい!ソーシャルワーカーをめざす娘をみていたたら。母子家庭の後悔はありませんよ。

離婚当初は、『お父さんいつ帰ってくる?』そう無邪気な言葉は胸が痛かったです。

毎日学校から帰っても私は仕事で彼女は一人ぼっち。夜には沢山のぬいぐるみを並べて眠ります♪

でも、決して『寂しい』という言葉は口にしません。学校でいじめもあり辛かった時期も毎日登校し無遅刻無欠席の皆勤賞。その心の痛みを弁論大会という大きな舞台で暗記して涙をうっすら浮かべなからも、堂々と発表しました。

強い子!優しい子に真っ直ぐ成長してくれてお母さんは嬉しかったよ。料理そこそにできるのに あなたの好きな料理は お母さんの作る味噌汁!卵焼きなんだよね!毎日バランスよく作るきね!心も体も健康ていてくれる事が何より。

あっ!お母さんは 貴方の髪をカットするのが癒されてるよ♪

人がたくさん集まる大好きなパーティーで、最愛の娘からの手作りケーキ

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夫と離婚する前は、人を家に呼ぶととても嫌がったので友人を家に招く事があまりできませんでした。

娘も友達を連れてくるとなると夫がいない日などしか無理だったのでとてもかわいそうに思っていました。

でも離婚して、二人で広いマンションに引っ越して、私の母も一緒に住むようになったのですがそうなるとよく人を呼ぶようになりました。

私の友人が来れば母が美味しい料理を作ってくれておいたり、娘の友達が遊びに凝れば夜みんなでトランプをして遊んで「泊まっていきなよ」と言うこともでき、娘もとっても喜びました。

家に家族がいてくれることはもちろん幸せなことなのですが、やはり外から誰かを招く、人の集まる家というものはとてもいいものだと思いました。

私は料理教室を開いていて、家でもよく料理をしているところを娘が見ていたりしたので、娘も少し料理ができました。

あるとき、私の45歳の誕生日の日、家に帰ると部屋が真っ暗で、電気をつけるとなんとそこに家族と私の友人10人ほどがいたのです。「サプラーイズ!」といって出てきたのは娘でした。

「ママは人がいっぱいいるのが好きだから、皆に集まってもらったの」と言ってくれて私のバースデーパーティーが始まったのです。人生で一番うれしいパーティーの途中、「ここでもう一つサプライズでーす!」と言って娘が出してきたのがとってもきれいなバースデーケーキでした。娘の手作りです。

涙が止まりませんでした。本当に自分は幸せ者だと心の底に染み渡るような幸せな誕生日となりました。

強くて優しく、かっこいい息子が見せた弱い一面

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小学3年生になる息子は、サッカーが上手で、わが子ながら甘い顔立ちでイケメン、頭も悪くなく学校では人気者でした。

いつも強気ででも優しく、親分肌なところもある息子で、私にとってもそれは変わらず、きっと父親がいないことで辛いこともあるだろうになんの弱音も吐かず、それどころかいつも私を気遣ってくれていました。

そんな息子がある日、「父さんがいないって変なのかな」とぽつりと言ったのです。胸に突き刺さるような一言でした。息子には申し訳なさでいっぱいで、最初は何も言えませんでした。

でも「どうしたの急に?」と聞くと、「なんでもない。そんなことないもんな。」とニカっと笑ってごまかすのでした。その様子が少し変だなと思っていました。

あるとき、学校の保護者会の関係で学校に行くと、担任の先生から「息子さん、最近大丈夫ですか?」と聞かれたのです。驚いて、「どしたんですか?」と聞くと、「最近、クラスの子たちとうまくいっていないようで、一人の時が多いんです。」と言われ、びっくりしてその日中に息子に聞きました。

「父さんがいないのは変だよって言われたんだ」と言うのです。「へんなことあるもんですか!それにあなたにはお父さんは今も変わらずいるのよ。いつでも会える!別で住んでるだけなのよ!」と泣きながら言いました。

すると息子はぽろりと涙を流し、「そうだよね。父さんはずっと僕の父さんだよね。」と言ったのです。

本当に胸が張り裂けそうでした。息子は次の日学校で「僕には父さんはいるよ。別で住んでるけど、父さんは父さんなんだ。変なことなんてないよ。」と友達に言うと「悪かった、変なこと言ってごめんな。」と言われ、仲直りしたそうです。

私は申し訳ない気持ちでいっぱいでしたが、なんだか息子がまた一つ、大人の男性に近づいたように見えました。

離婚による子供の保育園転園

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子供が3歳の時に離婚をした。原因は夫の借金300万円と、不倫。最低すぎる。

どちらかならまだ子供の為に許せたのかもしれないが、急にダブルで突きつけられる事実にしては重すぎた。離婚をして、実家の近くへ子供と引っ越した。悩んだのは保育園。やはり、小さいながらにもう仲良しのお友達がいた。

そして引っ越しをして父親と暮らせなくなった幼い娘から、友達まで奪うのかという苦しみ。急激な環境の変化はストレスになるだろう、まだ心も発達段階だからあまり大きなストレスはかけたくない、そう思った。

隣の区ではあるが、新居から保育園までは車で送っても25分くらいかかったが、転園の申請もせず、名前も転園するまで変えたくなかったのでそのままでいた。

私だけ名字が変わったので親娘2人暮らしだか名字が違うという生活になった。なかなか不便だったなぁという感想。

でも娘は楽しそうにお友達と遊んでいるから、今はこれで良いなと思っていた。元夫はそんな事もしらず、悩みもせず、腹立たしかった。

自分の仕事も増やした為、朝遠い保育園への送りから、自動車を使うので勤務先近くの駐車場へとめる、高い…。帰りのお迎えは幸い父が、孫かわいさで毎日行ってくれていた。

そんな生活も慣れてきてはいたが、やはり3月、進級に合わせて転園をと考え出し、申請をしてみた。すると母子家庭だからか、数ヶ月後の4月から転園できるという通知が来た。

そのタイミングに合わせて名字も変更した。

娘にとっては、父親のいない生活、新しい家、母と2人暮らしという状況には慣れていたので、今回はお友達とさよならし、新しい保育園に、新しい名字で行く事、になった。急激に全ての環境を変えるよりは、2段階くらいには分けられたので、情緒不安定になったりもせず、良かったんだなと思った。

こどもの日なのに、ひな祭り?

「もうすぐこどもの日だねー。」

5歳になる息子にカレンダーを見ながら呟くと、「こどものひ?なにするひ?僕はこどもだから、ぼくの好きなものを食べていい日?」と返ってきました。

私に似て食いしん坊な息子です。

「そうだね、じゃあ◯◯くんの好きなものを食べようか。こいのぼりも泳がせようね。」と言うと

「やったー!」とバンザイする息子。お友達の前だとかっこつけてクールにふるまってるのに、ママの前だとまだかわいいなぁー、と嬉しくなったりして。

「◯◯くん、何でも食べられるとしたら、なにがたべたいの?」

こどもの日のレシピを考えようと尋ねると、

「うーん、あの、たけのことにんじんとしいたけが入った、甘くてすっぱいごはんと、貝殻とお花が入った、透明のおつゆ。」

、、それって、ちらし寿司と、あさりのお吸い物か?!

ひな祭りに作った時の写真を見せると、
「そう!それそれー!ぼくこのご飯だいすきなんだ♪」
と屈託なく笑っていた。

こどもの日なのに、ひな祭りになりそう、、。と思いつつ、可愛い愛息子のリクエストだから、ママ頑張るよ!

「◯◯くん、じゃあちらし寿司と貝殻のおつゆは、こどもの日に作るから、きょうは何がいい?」

うーんと考え込む息子。

「あの、このまえお外でご飯食べた時に出てきた、みどり色のおまめ。」

「それって、枝豆のこと?」

「それ!」

その渋さに笑ってしまいました。確かに以前お鍋屋さんに行った時、息子は肉やごはんそっちのけで、枝豆に夢中だったなぁ、、。

そしてスーパーに息子と行き、枝豆を買ってあげました。知らないうちに息子が右手に握ってたポケットモンスターのグミも、まんまと買わされたけど、可愛いから許してしまいました。